1997年8月10日〜11日 甲斐駒ケ岳
10日 自宅10:50―11:30調布IC−13:15中央高速甲府昭和ICー14:30広河原ー15:15北沢峠〜北沢小屋
11日 北沢小屋〜仙水峠〜駒津峰〜甲斐駒ケ岳〜摩利支天〜双児山〜広河原ー北沢峠ー自宅

 10日10時過ぎになって昨年登頂できなかった甲斐駒を思い出し、急きょ荷物をまとめ、自宅を出発する。なにしろ広河原から北沢峠行きの最終リムジンバスは14時10分。間に合わなかったら、タクシーか広河原泊まりだ。
 中央高速調布インターに入ったら、25キロ渋滞とのこと。引き返すこともできず、運を天に任す。甲府昭和インターを何とか13時15分に降りて、一路広河原へと向かう。
 広河原へは予定より20分遅れて14時30分に着く。ところが何と北沢峠行きのバス停には長い列があるではないか。尋ねたら、最終14:10のバスには多くて乗りきれずもう1便あるとのこと。ラッキーと思って最終に並ぶと5分後に北沢峠行きのバスが来た。
 北沢峠には15:15に着き、身支度を整え、登り始める。30分で山小屋の北沢小屋に着く。ここの山小屋はどうやら電話もないようだ。
 部屋に入ったがストーブが焚いてあり、暑くてたまらないので、外に出て涼む。無事着いてホッとしたと思うと、ビールがおいしかった。夕食の4時半になったので部屋に入るとすでに誰もいなかった。急いで着替えをして食事する室に行く。ところがここでもストーブを焚いており、暑かった。汗を拭きながらの食事となった。食事を終え部屋に戻るとストーブは消えておりホッとする。
 荷物を整理してしたが、どうやら急いで出かけてきたので山の本を忘れてきたようだ。小屋の山の本を見るため食事室に戻る。疲れもあり見ながらウトウトする。7時半に消灯になったが、寝付けずナイターのラジオを聞きながら寝る。雨は5時半ごろより本格的になっていた。

11日
 3時40分に部屋の電気がつき、「おはようございます。今日は天気がいいので4:30の予定を早めにしました」とのアナウンスがあった。外は真っ暗だし、まだ流れ星も見える。起きて顔を洗い、朝食をとる。用足しを済ませて、5時前に出発する。仙水峠までは緩やかな登り。峠手前で摩利支天が見えてくる。

 仙水峠を過ぎると登りは急になる。樹林の中を登り、6:30に駒津峰に着く。

甲斐駒に早くもガスの中。ここから六方石まで綾い下り。六方石からは直燈コースと摩利支天の分岐点経由コースがあって、とりあえず摩利支天を目指す。アg、途中で分岐点を見失い危険な岩場に出ていしまったので、あきらめて甲斐駒山頂を目指すことにする。最後の登りはきつく、8:50に山頂に立つ。


 が、視界は悪く、富士山もものの10秒と経たないうちに霧の中に消える。北岳方面も一向にガスがとれない、仙丈も見えない。そうこうするうちにも登山者はどんどん登ってくる。人気のある山だと実感する。
 下りはどうしようか迷ったが、せっかく来たので摩利支天に行ってみることにする。分岐点に戻り、摩利支天に行く人が見えたので行ってみる。道らしい踏跡を見つける。分岐点から10分で摩利支天にたどり着く。

下から見ると岩山に見えるが、直下までハイマツに覆われている。 下りは駒津峰で昼食を摂った後、双児山経由で下ることにする。

 北沢峠発12:15のバスで広河原に出て、湧水をポリタンクに詰め帰路に着く。